ロコモティブシンドロームは高齢者の疾患だと思っていたが、最近は20代30代の若い女性にも始まっているらしいのです。
ロコモティブシンドロームは略してロコモと呼ばれ、日本語では運動器症候群といいます。
ロコモとは、運動器の障害によって要介護となるリスクが高い状態と定義されています。
体を動かすときは、骨や関節、筋肉、靭帯などの共同作業です。
この一部分でも不具合になれば、体の動きに不都合が生じることになります。
街中を歩いているとロコモが疑われる高齢者を度々見かけます。
私はヘルニア持ちなので痛いからと筋トレをサボればロコモになると思っています。
寝たきりになりたくないので、毎日積極的に体を動かしています。
高齢になると、いくら努力しても手や足腰が弱るので、今の状態を少しでも長く維持するために筋トレが不可欠だと思います。
若い女性がロコモになる原因は過度なダイエットによる栄養失調と運動不足でしょう。
例えば、30代という若さでロコモになってしまったら、その後何年間介護を受け寝たきりの生活を強いられるだろうかと。
仕事はデスクワーク中心で座りっぱなしが習慣化していれば不具合が起こるのは当然のことと思います。
座りっぱなしは血液の循環も滞ってしまいます。
簡単に「ロコモ度テスト」ができるサイトがあるので心配な方はチェックしてください。
自ら意識して体を動かす
元来、動物は動かなければ生命を保てないようにできています。
近代文明は、科学を急速に発展させて人はその恩恵に浸っていますが、その恩恵は人の体を限りなく動かさずに楽にさせる方向に向かっています。
文明の発達以前は、車や電車、エレベーター、エスカレーターがない時代であり自分の足で歩いて目的地まで行き生活していました。
現代社会は体を余り動かさなくても便利に生活が出来るので、意識して体を動かさない限りロコモに近づきます。
誰でも健康に生きたいという願望があります。
生きている限り自分の体から逃れる事は出来ないし、自分の体を背負って生きなければなりません。
若い女性がロコモ→要介護→寝たきりになれば、悲惨な人生を送ることになります。
だから、寝たきりにならない様に日々少しだけ筋トレをして努力することが大切です。
ロコモやメタボの予防は運動が必要である
メタボに起因する疾患として心臓疾患や脳血管疾患などが知られていますが、いずれも生命に直結する疾患です。
更にメタボになると動くことが苦しくなるので運動不足になる傾向があり、ロコモも発症しやすくなります。
ロコモ予防やメタボ予防にはウオーキングやウエイトトレーニングが効果的です。
ウオーキングはエネルギー消費に効果があります。
ウオーキングはメタボ予防には効果的だが筋力強化には余りつながらないのです。
その点筋力強化にはスクワットが効果的です。
スクワットは、自身の体の重さを使って筋肉に刺激を加え、筋肉が反発することで強化されます。
筋肉は使わなければ退化するし、使いすぎると萎縮してしまうので闇雲にやれば良いと言うことでもありません。
筋肉トレーニングは適度に行うことがポイントです。
初心者であれば、毎朝、毎夕にスクワットをゆっくり10回ずつ行うことでも下半身の筋力がついてきます。
10回で物足りなくなったら、無理がない程度に少しずつ増やせば良いのです。
また、毎日続けることが大切です。続けていて筋力がついてくると楽しくなります。
1回や2回休んだからといって、続かなかったことに落胆して止める人もいますが、ここで止めずに再開して続けることがポイントです。
きつい日は休むことで気持ちを入れなおして継続できる場合も多いのです。
回復不可能な寝たきりになったら尊厳死を希望する
私は回復の見込みがない寝たきりになったら、その状態で生き続けたいとは思いません。
周囲に大変な迷惑をかけることになるし、寝たきりの姿を見られたくないと思っています。
またひっ迫している国の医療費を回復の見込みがない自分に使ってほしくないとも思います。
ヨーロッパの多くの国で尊厳死が法制化されているが、日本では法制化されていません。
尊厳死を希望しても叶えてもらえないのが現状です。
本人が心身ともに元気な時に意思表示をしておき、その時がきたら希望に沿って永遠に眠らせてほしいものです。
日本では2012年、超党派議員により「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」(仮称)の作成作業が進められていました。
その時の基本的理念をご参考までに。
(基本的理念)
第二条 終末期の医療は、延命措置を行うか否かに関する患者の意思を十分に尊重し、医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と患者及びその家族との信頼関係に基づいて行われなければならない。
2 終末期の医療に関する患者の意思決定は、任意にされたものでなければならない。
3 終末期にある全ての患者は、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられなければならない。